― 高齢化社会とウェルネス市場の新潮流 ―
■ シニア層が支える「第2のピラティスブーム」
かつて、日本の公園ではゲートボールのカチカチという音が響き渡り、シニアたちの元気な声が聞こえていた。
しかし今、その光景は静かに姿を消しつつある。代わりに現れたのが、リフォーマーのスプリング音と、心地よい呼吸のリズムだ。
日本ではここ数年、シニア層を中心としたピラティス人気が急上昇している。
1990年代に200万人がプレーしたゲートボールが衰退する一方で、ピラティススタジオはわずか数年で600店舗から1,700店舗以上へと約3倍に増加。
腰痛や姿勢改善を目的とした高齢者が急増しており、60〜70代でもリフォーマーを使いこなす光景が日常になりつつある。
大手チェーン「ゼン・プレイス」では、会員の約半数が50歳以上。そのうち3〜4割は60代以上だという。
また「アーバン・クラシック・ピラティス」は、60〜80代を対象に入会費の割引や30分のサーキットクラスを提供している。
中には、90歳を超えてもピラティスを継続している男性もおり、「10年前より今の方が体が楽」と笑顔を見せる。
この現象を後押しするのが、政府が掲げる「健康寿命の延伸」政策だ。
日本の健康寿命は現在、男性72.57歳・女性75.45歳と過去最高。2040年までに全世代で75歳を超えることを目標としている。
その流れの中で、フィットネスクラブの会員層も変化し、ルネサンスなど大手では会員の35%が60歳以上を占めているという。
「ピラティスは、筋肉を無理に鍛えるのではなく、体の機能を取り戻す運動」と専門家の本橋恵美氏。
彼女の著書『アスリートピラティス』では、「深層筋のコントロールが転倒や痛みを減らし、自立を延ばす」と紹介されている。
実際、東京都小平市では市主催の高齢者向けピラティス講座が開催され、80名超の応募が殺到。
11名の当選者は、講座終了後も自発的なサークルを結成する予定だという。
■ 海外ブランドも続々参入:KX Pilatesが日本上陸
この“ピラティス第二章”の流れを象徴するのが、オーストラリア発のKX Pilatesの日本進出だ。
2025年、東新宿にオープンした167㎡のスタジオには14台のリフォーマーが並び、週40本のクラスを展開。
ファストフィットネスジャパン元社長の土屋氏が率いるチームが、独自の「Kaizen Xperience(カイゼン・エクスペリエンス)」を導入した。
このプログラムは、ピラティスにカーディオ(有酸素運動)と筋力トレーニングを融合させたもの。
日本の「改善」文化とマッチし、効率的で持続可能なワークアウトを提供する。
「KXは単なるフィットネスブランドではなく、ライフスタイルの再定義です。
日本人が求める“持続可能で結果の出る運動”を形にしたい」と土屋氏は語る。
初心者でも効果を実感できる50分クラスは好評で、体験後にすぐ入会する人も多い。
予約・決済システムのローカライズや無料体験クラスの導入など、日本市場に合わせた運営も行われている。
KXは2025年度末までに東京で3〜5店舗を開設予定で、関西・中部地方への展開も視野に入れる。
「私たちの使命は、ウェルネスを文化にすること。KXを通じて、日本に“自己変革の場”を創り出したい」
そう語る土屋氏の言葉には、今後のフィットネス業界の方向性が凝縮されている。
■ ピラティスの未来 ― “結果志向”と“意識の深化”
世界的にも、ピラティスは単なるトレンドを超えた存在へと進化している。
「人々はただ運動したいのではなく、結果を求めています。
ピラティスはその“フィットネスの旅”を変革するプログラムです」と専門家のゲイリー氏。
バグショー氏も「ピラティスはあらゆるレベルの人に対応できる基礎的なトレーニング手法。
マインドフルな動きや機能的なトレーニングを求める人が増える中で、今後もフィットネス業界の中核であり続ける」と語る。
現代のピラティスは、もはや“女性向けのゆるい運動”ではない。
それは、**高齢者の健康寿命を支え、アスリートのパフォーマンスを高め、そして都市生活者のストレスを癒す「ライフデザインそのもの」**に変わりつつある。
創始者ジョセフ・ピラティスはかつてこう言った。
“10回で違いを感じ、20回で違いが見え、30回で新しい身体を手に入れる。”
その言葉どおり、ピラティスは今、日本の心と身体を再び動かす。
新しい世代、新しい目的、そして新しい価値観と共に――。
📰 編集後記:
高齢社会の課題、ライフスタイルの多様化、そして「予防医療」の波。
そのすべてを横断するキーワードが、いま「ピラティス」になっている。
ジム業界・医療・行政・企業ウェルネスの交点として、
ピラティスは2025年以降、日本の“健康文化の核”となる可能性を秘めている。